ハロウィンオリジナルSS(ショート・ストーリー)

このブログのもうひとつの側面を思い出しました。

本当に久しぶりの投稿。そしてオリジナル。あとはいつも通りの遅れてやってきたハロウィンとか。

まぁ、リハビリ作なんでいろいろとご容赦を。

では、お楽しみください。



・『彼女と、南瓜と、言葉遊び』



「で、俺がここに連れてこられた理由をまだ聞いていないんだが?」
「今日はハロウィンと呼ばれる日だそうね」
問いかける少年の視線の先には、ふふん、と何故か誇らしげに胸を反らす少女がひとり。
「ああ、あれか。仮装パーティーをしたり、お菓子を貰ったりする行事のことだろ? で、その妙な格好はそれが理由だとか言うんじゃないだろうな?」
少年はベッドに腰掛け、その持ち主である少女を呆れたような目で見た。見た相手は相変わらず踏ん反り返りながら立っている。身につけた黒いローブと同色の三角帽子を誇らしげに示しながら。
「その通りに決まってるじゃない。でもよくわかったわね、さすがは私の彼氏といったところかしら。そこのところどうなの? 翼くん」
「ああ、そうだねー。もちろん彼氏だから香緒里のことはなんでもわかっちゃうんだー」
「なによその棒読みな台詞」
(思ってもいないことを言ってみたけど、まぁ案の定バレバレだったみたいだな)
自信満々な表情をしていた顔が一転して不満気になったのを見て、翼はそう思った。だが彼自身も昼食後の午睡の最中に叩き起こされ、彼女の部屋まで連行されたのだ。そしてそのまま1時間も放置されていたのであっては、その意趣返しをしたくもなる。まぁ、放置されていたおかげで午睡は十分満喫できたのだが。
「ま、それはともかくだな。俺はまだなんでここに連れてこられたんだ?さっきは見事にスルーかましちゃってくれたわけなんだが」
「何がともかくなんだかわからないけど、ここはスルーしてあげるわ。それよりもそんなに貴方が呼ばれた理由が知りたいのかしら?」
「んーまぁ、教えてくれなくてもいいん「実はね――」だ、が……」
(香緒里が喋りたがりな性格なのは知っているからな。ここは下手に教えてくれ、と頼むよりは、別に言わなくてもいいんだぜ?という態度を取ったほうがいい)
そんなことを考えながら、案の定自分の言葉を遮るように話し始めた香緒里に耳を傾ける。
「折角ハロウィンなんておいしい行事があるんだったらそれに乗らない手はないでしょう? だからいろいろ用意してみたの」
「ほほー。キッチンからいい匂いがするのはそれと関係があったり?」
「もちろんよ。この私自ら腕を振るってお菓子を作ってみたの」
「へぇ、そいつは楽しみだな」
 香緒里の料理が美味しいのを知っている翼は、今度は本心からそう言った。
「ちょうどオーブンに入れたときに貴方を迎えに行ったわけ。ただ、ちょっと早すぎたみたいでね。仕上げをしている間ここに閉じ込めておいたのよ」
「いや、閉じ込めておいたってな。もうちょっと時間を考えろよ」
「貴方に一刻も早く会いたかったの……」
 上目遣いに眺めてくる香緒里。心なしか若干目が潤んでいるように見える。
「そんな奴が1時間も俺を部屋に閉じ込めておくのかよ……」
 やれやれ、と呆れた仕草をしてみる。もちろん香緒里が冗談で言ったのはわかりきっているのだ。そんな殊勝な奴じゃない。
「あら残念。素直に引っかかってくれるのも優しさよ?」
「生憎俺はあんまり優しくないんでね」
 と、応酬をしているものの、これがふたりにとっての日常なのである。お互いに気兼ねなしに物を言い合える仲だからこそいいものだ、という考えはふたり共通の見解である。
「ここでいつまでも話してるのもあれだし、そろそろリビングの方へ行くわよ」
 香緒里に促されてリビングへと足を向ける。ちょうど小腹も空いてきたところだし、ちょうどいいか、と思いながら。
 
 
「おお、相変わらず凄いな」
 テーブルに並べられたお菓子を見て、翼は感嘆の声を上げた。テーブルの中央に置かれたパイからは、いい匂いがしている。
「かぼちゃのパイよ。ハロウィンだったらかぼちゃでしょう?」
「そうだな。ただ、ひとつ聞きたいことがあるんだが」
「あら、何かしら?」
「パイの中心に書いてあるあの絵は何だよ」
 パイの中心にホイップクリームで書いたと思わしき、錠前のような絵を指しながら香緒里に目を向ける。
「ああ、南京錠を描いてみたの」
「え?」
 なにいってんだこいつ、と本気で思った。
「だってほら、かぼちゃって漢字で南瓜って書くじゃない? だからよ」
「ああ、なるほど。南京と南瓜(なんきん)ってことな。っておい」
こいつは馬鹿か?と真面目に考えた。
「あら、こいつは馬鹿か? って顔をしているのね、心外だわ。ちょっとしたお茶目心よ。言葉遊びってあるじゃない? それが得意な作家の小説を読んだばかりなのよ」
 てへっ、とした擬音が聞こえてきそうな感じである。
「小説の影響を受けやすいって……小学生かよ」
「貴方の周りに変なのが彷徨かないように、南京錠でしっかりと鍵を閉めておきたいってことよ」
「そいつはまた……恋愛小説に出てきそうな台詞だな」
「あら、バレちゃった」
 と、口では冗談を言いつつも、パイを切り分けて小皿に載せている。もう南京錠はいいのか。
「はい切り取ってあげたわよ」
「ん。ありがとう。相変わらず美味そうだ」
「それは食べてから言って頂戴。どうぞ、召し上がれ」
「それもそうだな。じゃ、いただきます」
 食べる前に手を合わせ、フォークを取る。一口サイズに切り取り、いい匂いを漂わせているそれを口へ運ぶ。最初はパイ生地のサクッとした感触、そして次に感じたのはかぼちゃの甘味。若干の名残惜しさを感じながらもそれを飲み込んだ。
「……美味い」
「それはありがとう。はい、コーヒーでよかったかしら」
 隣からスッと差し出されたコーヒーを受け取る。ブラックコーヒーの豊かな香りを楽しみ、そしてほどよい苦味が口に残った甘さがお互いを引き立てあっている。
「……ん。上手くいったみたいで何よりだわ」
 香緒里もパイを口に運び、満足気な表情を浮かべている。
「ああ、これは美味い。コーヒーもいい香りだし、これなら誰だって口を揃えて美味いって言うぞ」
「ふふっ、香緒里だけに香りって? お世辞でも褒められると嬉しいわ」
「いや……言葉遊びはもういいって」
 これは香緒里特有の照れ隠しであることを翼は知っている。彼女の嬉しそうな表情を眺めつつ、黙々とパイを口へ運ぶ。
 1切れ食べ終わり、さぁ2切れ目でも食べようか、と思っていたときだった。
「そういえば、ハロウィンなのに恒例のあれをやっていなかったわね」
「あれ? 何かあったか?」
 香緒里が唐突にそんなことを言ったかと思うと、にやにやと嫌な笑顔を浮かべながらこっちを見た。
「私は貴方にお菓子を上げたわ。ただ貴方からは何も貰ってないわ」
「まぁ、何も持ってきていないからな」
 正確に言えば何かを持っていける暇もなく、香緒里に連行されたわけだが。
「だからほら、Trick or treat?
 あーん、と口を開ける香緒里。これは食べさせろってことか。
(しかしこのまま素直に従うってのも癪だな……。さてどうするか)
と、思案する翼。小憎ったらしい顔を浮かべた香緒里を睨みつける。
しかし、不意に名案が思いついて顔を歪ませる。これならあいつにもぎゃふんと言わせることができるだろう。
「まだなのかしら? いい加減顎が疲れてきたんだけど」
「ああ、悪い。ほらよ、あーん」
「あーん」
 餌を待つ小鳥のように口を開ける香緒里にフォークに刺したパイを近づける。そして香緒里が口を閉じようとした瞬間にフォークをヒョイッと引っ込めた。
「あ、何よもう。期待して――」
 引っ込めたフォークを自分の口へ運び、文句を言う香緒里に顔を寄せる。そして一気に口付けた。
「むぐ……ッ!」
 香緒里の口をこじ開け、口に含んだパイを舌で押し出す。香緒里は目を白黒させながらもそれを受け取った。
「…………ッ」
 しばらくして、翼は口を離した。送り込まれたパイをなんとか飲み込んだ香緒里は、顔を真赤にして俯いている。かくいう翼自身も顔を赤くしている。
「それは……反則よ……」
 今度は本当に目に涙を浮かべた香緒里が言う。
「ああ……。俺もやって反省した。漫画とかでよく見るけど、実際にやるもんじゃないな……」
 と、二人同時にコーヒーに手を伸ばし、それを一気に飲み干した。
 
「ご馳走様」
「はい、お粗末様でした」
 あれからは何もなかったかのように、お喋りをしながらパイを食べた。誰にだって消したい過去はあるのだ。
「香緒里、パイ美味かったよ。これならまぁ、1時間待たされても仕方ないと思える」
「あら、随分ストレートに褒めるのね」
「ま、美味いもんは美味かったというだろ」
「それはどうも、素直に嬉しいって言っておくわ」
 ストレートに対してはストレートに。お互いに満足感を得たなら上々だろう。
「それにしても……今日は翼のサプライズプレゼントもあったし、わざと早めに連れてきて部屋に放置しておいた甲斐があったわ」
「おい、それを掘り返すのか……。って、お前今わざと早めに連れてきたって言ったよな?」
 さらっと飛んでもない発言が聞こえたぞ。驚いて香緒里を見ると、しれっとした表情で、
「ええ、わざとよ。わ・ざ・と。わざと私の部屋に閉じ込めて放置したの」
 なんてことを宣われた。
「ちょっと、え? は? なんで?」
「だって普通はオーブンにパイを入れてすぐは呼びつけないでしょ? 時間かかるわけだし」
 ちょっと待て。思考が追いつかない。
「それならある程度待って、出来上がるちょっと前に迎えに行くべきよね」
「じゃあ、なんで、お前は、わざわざ、早めに、俺を、呼びつけたんだ?」
 そんなさも当然のことを言うように言われてもだな、と翼は内心で毒づく。
「簡単なことよ。今日はハロウィンで、貴方が食べたのはかぼちゃのパイでしょ?」
「それがヒントか?」
「ええ、そうよ。それが貴方を部屋に閉じ込めておいた理由のヒント」
 と、香緒里は悪戯が成功した子供のように微笑む。
 翼は考える。

 ヒントはハロウィン、そしてかぼちゃのパイ。
 
 それが自分が部屋に閉じ込められていた理由。
 
 くだらない冗談をよく言う彼女。
 
 そして今の彼女のマイブームは…………?

「おい……もしかして、まさか……?」
 唐突に閃いたことに驚愕しながら彼女に目を向ける。
「おそらく、そのまさかよ」
 あまりのくだらなさに身体が震える。その為に自分が1時間も部屋に閉じ込められていたかと考えると、もうずべてがどうでもよくなった。
 
 
 
 



 
 
 








 
 
 
 
 
 
 
「南瓜だけに軟禁ってか!」
 
終わり。























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